昭和 の 車 と いつまでも。 「昭和のくるまといつまでも」を視聴して : 人生グランド・ツーリング倶楽部 (Ⅱ)

「BS朝日 昭和のクルマといつまでも 3」クロポロのブログ | クロポロのポロさん&UP!さん日記

昭和 の 車 と いつまでも

近ごろの若い人は、お酒を飲まない、車に興味がない、恋愛への関心が薄いなどいろんなことが言われています。 でも、恥ずかしながら昭和50年生まれの私もこれらほとんどが当てはまるのです。 きっと私は、ずいぶんと先を進んでいた、ということになるんでしょう(ですよね?)。 ただ、この番組はクルマに興味のない私も楽しめる番組なのです。 昭和の時代を駆け抜けた名車たちと離れがたく今も乗り続けている人々を日本全国で大捜索していきます。 SNSでの目撃情報や旧車イベント、整備工場などの情報をもとに、昭和から同じクルマと暮らす人々を訪ねます。 多くの人は、なぜ30年以上同じクルマに乗り続けているのか? 壊れないのか? などと思うでしょう。 この番組を見ると、じわじわとその理由がわかります。 最初に出てくる男性は42年前に買ったレザートップのスポーツカーを今でも大事に乗っています。 それも雨の日には乗らないという徹底ぶり。 なんと、このクルマは息子さんへ引き継がれているのです。 そして孫の代へと乗り継ぐ夢が…。 よくある夫婦関係だと、奥さまが旦那さんの趣味にあきれたりしますが、こういう家族の奥さまは理解があるのか諦めの境地なのか実に柔和。 うらやましくなります。

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昭和 の 車 と いつまでも

参加資格は、1989年までに生産された国産車・外国車・3輪車・2輪車・主催者が認めた車両。 今回の初参加組は35台あり、平成最後の開催ということで平成初期の車も10数台参加。 そのためバラエティ豊かな車がずらりと並んだ。 ハンガリー人の男性がシベリアやアフリカの砂漠など「地球半周分走破した」というスバル『360』、前後期型がそろったトヨタ『2000GT』、共にピニンファリーナによるデザインの真っ赤なフェラーリ『ディーノ246GT』と『365GT4BB』、日産が英国オースチン社と技術提携を結んでノックダウン生産した『A40サマーセットサルーン』、JCCA(日本クラシックカー協会)のレースに参戦し今月クラッシュしてしまったばかりのホンダ『1300クーペ9』と、どれもが興味深い車両ばかり。 各オーナーのインタビューとそれぞれのエンジン始動&ブリッピングは恒例となっており、今回も大勢のギャラリーが取り囲んだ。 フェラーリのお腹(なか)にまで響くエキゾーストノートやポロポロとかわいらしいスバル360の空冷2サイクル音など、それぞれに大きな拍手が送られていた。 また、サーブ『96GT850』やシトロエン『DS21』、ベントレー『Rタイプサルーン』、ロータス『コルチナMk-II』、ホンダ『99S』、スバル『レオーネエステートバン4WD』、ホンダ『N600』など、ふだんは余りお目にかかれない車両もたくさんあり、ギャラリーの目を楽しませてくれた。 元々このイベントは土浦市内で行われていたもので、2015年にこの場所へと移った。 今年で通算16回目の開催となり、すっかり茨城の旧車イベントの顔的存在となった。 運営する旧車愛好家クラブ「バックヤードつくば」の石川敦美代表は、「半年がかりの準備で、丁寧なイベントを心がけてきました。 オリジナルな運営方法や独自のグッズ販売など、皆さんに喜んでいただけていれば私たちもうれしい限りです」と目を細めた。 昨年は場外車券売り場と地元の蕎麦(そば)祭りとの共催で、合わせて約1万2000人の来場者があったという。 今年もそれに負けず大にぎわい。 爆音を響かせる珍走団も現れず、陽気もポカポカとあって、旧車の各オーナーたちものんびりとした1日を楽しんでいる様子だった。 《嶽宮 三郎》.

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昭和のクルマに人生を捧げた人々を大捜索 BS朝日『昭和のクルマといつまでも 2』12月8日放送

昭和 の 車 と いつまでも

日本は1950年代半ばから、高度経済成長期に突入しました。 そして、1955年 昭和30年 に、日本政府が「国民車構想」を発表したことをきっかけに、モータリゼーションの波が急激に押し寄せることになります。 1962年 昭和37年 には鈴鹿サーキットが完成し、翌年、第1回日本グランプリが開催されると、クルマは高性能化が競われるようになり、スカイライン伝説や、トヨタスポーツ800とホンダS600の対決などが注目を集めるようになりました。 そして1960年代後半には、トヨタ 2000GT、日産 フェアレディZ、マツダ コスモスポーツといった国産スポーツカーが、次々と誕生。 70年代は、輸出も盛んになります。 そうして1980年 昭和55年 には、日本の自動車生産台数が、世界一になります。 その後の1986年 昭和61年 ごろから始まった、バブル期に誕生したクルマは、世界における日本車の名声を確固たるものにしました。 そんな好調だった昭和の自動車史を締めくくるかのように、平成元年にはトヨタ セルシオ、日産 スカイラインGT-R、ユーノス ロードスター、ホンダ NSXといった名車が誕生したのです。 最近のクルマはや 横滑り防止装置 、などの安全装備はもちろんのこと、エンジンも電子制御で故障もほとんどありません。 またパワステやエアコンなどの快適装備も、当然のように備わっています。 しかし、こうした制御装置や快適装備が普及する前は、エンジンもキャブレター式でメンテナンスや調整に苦労し、ハンドル操作やクラッチ操作も重く、快適とは言い難いものでした。 しかし、昭和のクルマはメカがシンプルであるぶん、ハンドルに伝わるダイレクトな感覚、キャブレターの吸気音、排ガスの匂いなど、五感を刺激する要素がたくさんありました。 自分でメンテナンスしながらクルマに愛情を注ぎ込む楽しさは、いまよりも色濃かったと言えるかもしれません。 最近のクルマは快適で安全、信頼性も高く、素晴らしく良くできています。 しかしさまざまな環境基準、安全基準の範囲内で、より個性的なクルマ作りをしなければならないのも事実です。 自動車関連の技術が日進月歩で発展するなか、昭和のクルマが持っていた楽しさやワクワク感を、ふたたび味わえるようなクルマが登場することを期待しています。 ----------------- 文・立花義人 フリーライター。 5歳の頃に自動車図鑑で見たアルファロメオのデザインに衝撃を受け、以降クルマに魅了される。 様々なクルマの個性を知りたいと考え、免許取得後国産・輸入車問わず20台以上を乗り継ぐ。 車検整備を取り扱う企業に勤務していた際、メンテナンスや整備に関する技術や知識を学ぶ。 趣味はドライブ、食べ歩き。 現在の愛車はパサート・ヴァリアント。

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